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4.
博士の葬儀が終わった夜、晴奈は一人、寝室の床に座ってたそがれていた。
(私は、また負けた……)
剣士ともあろう者が、ただの「気迫」をぶつけられただけで、何もできずに完敗してしまった。あまりにも完膚なき負け方に、晴奈の誇りはひどく傷つけられた。
(まったく無様だな、私は)
眠る気が起きず、ただぼんやりと、自分の尻尾をいじっていた。
部屋の戸を叩く音がする。続いて、弱々しい声が聞こえる。
「お姉さま、いらっしゃいますか?」
「ああ、明奈。いるよ」
そう答えると、静かに戸を開けて明奈が入ってきた。
「どうした、明奈?」
「あの、眠れなくて」
そう言って、明奈は晴奈の横に座る。顔を合わせないまま、二人はじっと座っていた。
「お姉さま、あの」
「何だ?」
「……いいえ、何でも」
時折、明奈が何かを言おうとするが途中で口をつぐみ、しばらく沈黙が続く。
30分ほどそうしているうち、また明奈が口を開く。
「……怖かった」
「……そうか」
そこで晴奈は、明奈が小さく震えていることに気付いた。明奈は怯えるような眼で、晴奈をチラ、と見た。
「黒炎様のお姿も、博士が亡くなったことも。それから、お姉さまのお顔も」
「顔? 私の?」
晴奈は顔を向けて聞き返したが、明奈は顔をそらす。
「黒炎様のことを伝えた時、お姉さまはとても怖い顔をしていらっしゃったわ。まるで、鬼か悪魔か、そう言った何かのようだった」
「鬼、か」
怯えた顔でぽつりぽつりと放たれる明奈の言葉が、晴奈の心をずきんと痛めた。
(修羅になりかけていたと、言うことか)
晴奈はぎゅっと、明奈の肩を抱く。
「お、お姉さま?」
「……私は無様だよ。鬼にもなりきれず、大火に気迫負けした。かと言って聖人にもなれず、お前を放っておいた。
中途半端に、どちらも投げ出したんだ。まったく、ひどい有様だ」
愚痴の途中から、晴奈はポロポロと涙をこぼしていた。明奈も、泣いている。
「本当に、ひどい。何もかも、ひどかった」
「うん……」
泣いているうちに、二人は揃って眠ってしまったらしい。
気が付けば二人とも、屋敷とは別の、暗い世界にいる――どうやら、夢を見ているらしかった。
「お姉さま、見て!」
明奈が叫ぶ。彼女の指差した方を見ると、そこにはまばゆい光が瞬いていた。
「何だ、あれは?」
《人をアレとか、言わないでほしいなぁ》
すぐ近くから男とも女ともつかない、澄んだ声が聞こえてくる。晴奈も明奈も、きょろきょろと辺りを見回す。
「どなた?」「誰だ?」
《目の前にいるじゃないか、ホラ!》
光が弱まっていく。そこには銀と黒の瞳を持った、中性的な顔立ちで白い衣服に身を包んだ、銀髪に白い耳と尻尾の猫獣人が立っていた。
「あなたは……?」
《白猫と名乗っておこうか。ホラホラ、落ち込んでる場合じゃないよ二人とも》
いかにも夢の中らしく、場面はガラリと変わる。3人はいつの間にか、白い花をふんだんに飾った白い部屋の中にいた。
白猫はどこからか簡素な白い椅子を運び込み、晴奈たちに座るよう促した。
「どう言う意味だ?」
晴奈たちが座ったところで、白猫も座る。
《数日のうちに黒炎教団がまた攻め込んでくる》
白猫の言葉に、晴奈は耳を疑った。
「何だと、また!?」
《良く考えてよセイナ。奴らはまだ、目的を達成してないんだよ。メイナはまだ、コウカイにいるんだから。
だから攻めて来るのさ。今度は生半可な数じゃない。5万人規模に及ぶ、重厚な物量作戦を仕掛けてくる》
「ご、5万人!?」
これまでも、確かに教団は人海戦術によって焔流や黄海を攻めた。だが、兵の数はせいぜい、数千人と言ったところ。
それでも苦戦していたと言うのに、今度はさらに数を増すと言うのだ。
「馬鹿な、彼奴らの手駒はおよそ7、8万と聞いている! 5万とは、半分以上では無いか! 一体何故、そこまでして我々を襲う理由があると言うのだ!?」
《一つはメンツ。キミたち焔流とはかなり因縁が深いから。しかもここ数年、キミたちの方が勝ち越してる。みんな、相当アタマに来てるはずだよ。そうだよね、メイナ?》
「え、ええ。確かに、わたしがいた頃はずっと、焔流打倒の声が強かったです」
《だろ? で、二つ目の理由は教区の拡大だ。ま、これはもっともらしい理由だから、説明はしない。
で、最後の理由。教主の息子の一人が、昔ケガを負わされた奴の妹が、教団にいたって知ってさ。怒り半分、色欲半分でその子を奪おうとしてるんだ》
白猫の話に、二人は思い当たる節があった。
「ウィルバーだな……!?」
「そう言えばウィルバー様、何かとわたしにお声をかけて……」
「明奈を狙って、街ごと奪う気か!」
「黄家のわたしとの縁が結ばれれば、自然に黄海に対する教団の影響力が強くなり、ひいては央南西部への教化が進むでしょうね」
「そうなれば私との関係から、焔流の顔も丸つぶれ――なるほど、三つの理由が合わさる」
「何て、いやらしい……!」
白猫はニヤニヤ笑って、話を続ける。
《く、ふふっ。イヤだよねぇ、そんなの。だから、ボクはキミたちを助けようと思うんだ。
策を授けよう。エルスに助けを求めるんだ。彼は『知多星』ナイジェル博士の愛弟子だからアタマもいいし、何より軍事関係に強い。彼を総大将にすえて戦えば、まず負けるコトは無い》
「エルスに、か?」「でも、エルスさんは……」
晴奈と明奈は顔を見合わせ逡巡した。
確かに実力は高いが、エルスは教団や焔流とは無関係だ。ましてや央南の人間でもない。関係の無い人間を巻き込むのは、気乗りがしない。
だが、白猫は人差し指を立ててさえぎり、話を続ける。
《文句は聞かない。って言うかボクに言っても仕方ない。コレは彼の運命でもあるんだから。断言するけれど、エルス・グラッドは大物になる。この一件は彼が世に名を馳せる、その第一歩になるんだ。
無関係だからだとか、央南人じゃないからとか、そんな理屈は言うだけ無駄だ。それよりも彼を助けた方が、キミたちにとってもずっといい。分かった、二人とも?》
「え、でも」「その」
反論しようとする晴奈たちを、白猫はにらみつける。
《わ、か、っ、た!?》
「は、はい」「はいっ」
その剣幕に、二人は思わず承諾する。その返事を聞き、白猫は満足げにうなずいた。
《うん、よし。じゃあその誓い、立ててもらうよ》
「えぇ?」「自分で誓わせておいて、一体何を言うんだ?」
《いーからいーから。ま、そんなに難しいコトじゃない。
ただ水色の着物着て、エルスのトコに挨拶に行ってくれればいいだけ。ちょーどいい具合に、用事もできるから》
「はあ……? それくらいなら、構いませんが」「まあ、やってみようか」
《く、ふふっ。それじゃ頑張るんだよ、晴明姉妹》
白猫は席を立ち、部屋を後にする。
そこで二人は、不思議な夢から覚めた。
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