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1.
篠原との対決後、晴奈はエルスと明奈を伴って紅蓮塞へと戻ってきた。
「へぇー、ここが紅蓮塞かぁ。うわさには聞いてたけど、意外にのどかな街なんだね」
市街地を見回すエルスに、晴奈は小さく手を振る。
「いや、ここはまだ市街だ。修行場はあそこになる」
晴奈の指差す方を見て、エルスと明奈は同時に声を上げた。
「……へぇ」「何だか、物々しいですね」
「霊場だからな。それに、敵に攻め込まれることを想定し、迷路のような造りになっている。私から離れると、迷い込んでしまうぞ」
「はは、それは気を付けないとね」
晴奈は情報収集のために紅蓮塞へ戻ったのだが、そこにエルスと明奈を連れて来たのは次の理由からだ。
まず、エルスを連れて来たのは情報解析のため。明晰なエルスに情報を渡せば、自分では到達できない結論を導いてくれるかも知れない、と考えてのこと。それに彼自身が、行ってみたいと強く願い出たからである。
そして明奈を連れて来たのは、自分と、自分の妹の身を案じてくれていた師匠、雪乃に挨拶をしたいからである。そしてもう一つ、雪乃からかつて「そんなに大事な妹さんなら、一度会ってみたいな」と言われていたこともあるからだ。明奈も「お姉さまの先生なら、一度会ってみたかったですし」と、それを快諾してくれた。
「まあ、本当に……」
雪乃は明奈を見るなり、興味深そうな声を上げた。
「似てるわね。一回りちっちゃい晴奈、って感じ。晴奈が髪を下ろしたら、本当にそっくりかも」
「はは……、明奈が戻ってきてからずっと、そう言われます。子供の時分はあまり、そう評されることは無かったのですが」
晴奈は照れくさくなり、しきりに猫耳をしごいている。その反面、エルスも興味深そうに雪乃を眺めている。
「こちらの外人さんは?」
「あ、申し遅れました」
エルスはぺこ、と頭を下げて自己紹介をする。
「僕はセイナの友人で、エルス・グラッドと申します。お会いできて光栄です、ユキノさん」
つられて雪乃も会釈する。
「あ、はい。えっと、ひいら、……じゃ無かった、焔雪乃と申します。晴奈の師匠で、この紅蓮塞で師範を勤めております」
「いやぁ、セイナの師匠と聞いて、美しい人を想像していましたが、それ以上ですね。非常にお優しい印象を受けます。とても柔らかな美しさが出ていますね」
エルスの口が妙に回り出したことに気付き、晴奈が後ろから小突く。
「おい、エルス。言っておくが……」
「分かってる、分かってる。僕は人妻を口説いても、小さい子のいるお母さんは口説かないよ」
「あら……?」
エルスの言葉に、雪乃は戸惑った。
「なぜわたしに、子供がいると? まだ晴奈にも、言ってなかったのに」
「え? 師匠、お子さんが?」
今度は晴奈が目を丸くする。雪乃は顔を赤らめ、嬉しそうに、しかしまだ疑問の残った顔でうなずいた。
「ええ、1ヶ月前に産まれたの。あなたが塞を離れた頃には、まだわたしたちも気付いてなかったんだけどね。あーあ、驚かせようと思ったのになぁ」
エルスが苦笑しつつ、種明かしをする。
「はは、折角の吉報に水を差してしまいまして……。
まあ、人妻と言うことは先ほどの自己紹介で分かりました。央南人が名前を変えるのは概ね、結婚されるか襲名の時だけですから。そして指輪をはめていらっしゃるので、恐らくご結婚されたのだろうと推察しました。
それでですね、お子さんがいらっしゃると言うのは……」
エルスは自分の服をトントンと叩く。
「その着物、胸周りや帯の位置がこれまで着ていたであろう位置と若干、合っていらっしゃいませんね。この数ヶ月で何か、大きく体型が変わるようなことがあったと言うことです。その点とご結婚されている、と言うことと合わせて、そう予想させていただきました」
「まあ……」
雪乃は口に手をあて、驚いた様子を見せた。
「随分、名探偵でいらっしゃるのね。……でも」
雪乃はエルスに笑いかけ、たしなめた。
「人妻も、口説いちゃダメよ」
「はは、失礼しました」
これもエルスの人心掌握術なのか、それとも雪乃が特別人懐っこいのか――二人は会って数分で、打ち解けた。
続いて晴奈たちは雪乃に連れられ、良太と、雪乃たちの子供のいるところに向かった。
「良太は今、書庫に?」
「ううん、家元のところにいるわ」
「ふむ、家元にも用事があったところです。丁度良かった」
晴奈たちは焔流家元、重蔵の部屋の前に立ち、戸を叩いた。
「失礼します、家元」
「お、その声は晴さんじゃな。久方ぶりじゃの、入りなさい」
「はい」
戸を開けると、重蔵が耳の長い赤ん坊を抱いて座っていた。横には良太もいる。
「姉さん。お久しぶりです」
「久しぶりだな、良太。……家元、長らく留守にいたしまして」
「おうおう、構わん構わん。……して、後ろのお二人は?」
晴奈の後ろにいたエルスと明奈が、前に出る。
「お初にお目にかかります。エルス・グラッドと申します。諸事情あって、北方からこちらに移住しました。現在、対黒炎教団隊の総司令を務めております」
「初めまして、焔先生。黄晴奈の妹の、明奈と申します」
「ほうほう、大将さんに晴さんの妹さんとな? これはまた、興味深い面々が参られましたな」
重蔵は子供を良太に渡し、立ち上がって一礼した。
「拙者、焔流家元、焔重蔵と申します。
して、晴さん。ここに戻ってきたのは単に、良太たちの娘を見に来ただけではあるまい?」
「はい、実は……」
晴奈は表情を改め、重蔵にゆっくりと尋ねた。
「篠原龍明と言う剣士について、何かご存知ではありませんか?」
「……篠原じゃと?」
途端に、重蔵の目が険しく光った。
「ご存知でいらっしゃいましたか」
「存じている、どころか……」
重蔵は吐き捨てるように答えた。
「あやつはこの紅蓮塞を潰そうとしたのじゃ。忘れるわけがなかろう!」
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