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6.
1時間後、散歩から戻ってきた柊は、すっかりいつも通りの優しげな顔に戻っていた。
「お待たせ、二人とも。さあ、巡回に行きましょ」
その顔を見て、晴奈も良太もほっとした。
(機嫌が良くなったようだ。まったく、普段怒らぬこの方にあんな態度を見せられると、ヒヤヒヤしてしまうな)
巡回が始まる頃には、短い日差しで若干温くなった空気がもうすでに、冷えかかっていた。夕べよりも空気が乾燥し、より寒さが増している。
「はぁ、寒い」
良太が鼻まで巻いた襟巻き越しに、白い息を吹く。
「これも修行みたいなもんだ。我慢しろ」
そう言う晴奈も、良太同様鼻を隠すように襟巻きをしている。
「姉さんも寒いんじゃないですか?」
「何を根拠に」
「ほら、動物の猫だって寒いの、苦手じゃないですか。猫獣人なら、やっぱり」
「馬鹿なことを」
「……耳、プルプルしてますよ」
晴奈は掌でぺた、と猫耳を覆う。
「うるさい。……ほら、巡回に集中しろ」
会話をずっと聞いていた柊は、たまらず笑い出した。
「……ふ、ふふ、あははっ。本当に二人とも、姉弟みたいね」
「また、そんなこと……。勘弁してくださいよ、師匠」
晴奈もつられて笑う。ところが、柊はひとしきり笑った後、唐突に黙り込んでしまった。
「……姉弟ねぇ。いたのかしら、わたしに」
「え?」
柊が言っていることが分からず、問い返そうとしたその時だった。
「……晴奈、良太! 何か、感じない?」
柊の顔が、険しくなった。
柊に言われて、初めてその気配に気付いた。空気が、異様に冷え切っているのだ。すでに日は暮れているとは言え、落ちてからたったの数十分で、ここまで気温は下がらない。それに何より――獣の臭いが、漂ってきた。
「これ……は……」
「間違いない、奴だ。良太、下がっていろ」
「やっぱりまだ、この辺りにいたのね」
晴奈も柊も静かに刀を抜き、良太を挟むように身構える。くおおん、と言う甲高い叫び声が、辺りにこだまする。
「う、わ……! 耳が、痛い!」
良太は叫びに嫌悪感を覚え、耳をふさぐ。晴奈と柊は、身構えたまま動かない。
「ど、どこから?」
良太はきょろきょろと、辺りを見回す。だが、昨夜の大狐の姿は、どこにも見当たらない。ふたたび、くあああ、と叫ぶ声が響き渡る。
「ひ、い……」
良太の頭が、締め付けられるように痛む。
(よ、良く平気でいられるな、二人とも)
耳を押さえながら、良太は周りの二人に感心していた。
だが――よく見てみると、二人とも脚がガクガクと痙攣している。後ろを向いたままの頭が、異様に震えている。そして、耳からはするる、と血が――。
「え……!?」
晴奈と柊は刀を握りしめたまま、二人同時に膝を着いてしまった。
「『ショックビート』……、これ、で……、うご、け……、ない」
真正面からのそのそと、大狐が歩いてきた。
「き、みは、とっさに……、みみを、ふさいだか。にど……、も、かけた……、のに。できれば……、てあら、な、こと……、は、したく、な、かった、……のだ、が」
狐はパクパクと、口を動かしている。それに合わせて、狐の方向から人間のような声が聞こえてくる――紛れも無く、この大狐がしゃべっているのだ。
「ひ……」
良太は慌てて刀を構えるが、恐怖で脚が震え、動けない。
「うごか……、ないで、くれ。あまり……、てあらな、こと、は……、した、く、ない」
「た、助けて……」
良太は怯えつつも、刀を正眼に構えて牽制しようとする。ところが、ここで大狐が妙なことを言い始めた。
「たす、けてほしい、のは、こ、……っちの、ほう」
「……え?」
「しょ、……うせい、あま、……あ、ら……、い、ち……と、もうし、ま……、す」
「あまあら、いち?」
「ああ、はら……、ちい」
「ああはら、ちい? ……あまはら、いちい? アマハラ・イチイさん、ですか?」
大狐――イチイは大儀そうに、あごを下ろす。どうやら、うなずいているようだ。
「いか、に……も。しょう、せい、あに……えに、たばか、られ、……のよう、な、すがたに」
「え、え……?」
イチイの声には半ば獣の吠える声が混じり、正確には聞き取れない。だが、何となくは分かってきた。
「てん、……えん、をぬけ、だし、ここ、ま、で……、にげて、きた、のだが。この、ような、すが、……たになって、は、だれ、……も、まとも、に……、せっして、くれな、……い」
良太は混乱しつつも、イチイの話を整理する。
(アマハライチイさん、って言う、……人で。あにえ、って人にだまされて、こんな姿になって、てんえん……、天玄かな? を抜け出して、ここまで逃げてきた? でも、この姿じゃまともに取り合ってくれる人なんかいないから、……それが、妖怪の正体?)
「あ、あの、イチイさん」
「なん、だ」
良太は恐る恐る、イチイに近付く。
「あの、街の人を襲ったって、聞いたんですが」
「そ、れは、……おそって、きた、から。……い、いや、しょうせい、もわる、……い、のだ。と、きおり、……じ、じせいが、きか……、なく、な、なる。
あ、たま、が……、け、け……けも、の、に……」
イチイのしゃべり方が、次第におかしくなってくる。獣の咆哮が混じり、非常に苦しそうにうめきだした。
「う、うぐ、……はなれ、ろ、しょう、ねん。しょ、しょう、せい、もう、じせいが……、が、がっ、ガアッ、グアアア!」
突如、イチイは吠えた。どうやら、時折自制が利かなくなるらしい。良太は慌てて、倒れたままの晴奈たちを起こそうとした。
「先生! 姉さん! 襲ってきます! 早く……」
晴奈の襟巻きを引っ張ろうと、手をかけたその時。
「しゃべるな。耳が痛い。……ゴボゴボ言ってるんだ」
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