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「どうしたの、小鈴さん?」
棗が橘に声をかけるが、橘はそれに応えず、今見かけた者の方へと走っていく。
「どうされたのかしら?」
「ちょっと、気になるな。追いかけよう、栄一くん。棗、桃を頼む」
謙は桃を背中から下ろし、柏木を伴って橘を追いかける。
「おーい、小鈴さん、どこまで行くんだ?」
「今、あの角に、雪乃が……」
橘の言葉に、謙も柏木も目を丸くする。
「何ですって?」
「そりゃ無いだろう。雪乃は今、式の準備中だろうし」
「でも、確かにいたのよ!」
そう言って、橘はひょいと角を曲がり――。
「わ、わっ!?」《きゃっ!?》
曲がった途端、何かとぶつかった。
「どうした、小鈴さん?」
「大丈夫ですか!?」
謙たちが角を曲がってくる。尻餅をついた橘は立ち上がり、何にぶつかったのか確認する。そこには手を付いてうつぶせになった、深緑の着物を着た女性がいた。
「ご、ごめんなさい」
《い、いえ。お怪我は、無いかしら?》
ヨタヨタと立ち上がるその女性の声を聞いて、橘たちは違和感を覚えた。
(あれ? 何か今の声、変じゃない?)
(何と言うか、薄紙一枚隔てたような)
(妙にくぐもった声だな?)
女性はパタパタと着物の裾をはたいて、橘たちに振り向いた。
「……!」
「雪乃?」
《え?》
そのエルフの女性は、雪乃そっくりの顔をしていた。
橘たち五人は突き飛ばしたおわびも兼ねて、細道の途中にあった喫茶店で女性にお茶をおごりつつ、話をすることにした。
「それじゃ雪花さんって、雪乃の……?」
《はい。あまり大きな声では言えないのですが、あの子の母です》
雪花と名乗ったその女性は、うつむきがちに話す。
《あの子が幼い頃から、わけあってこの塞で預かっていただいて》
「それで、今度雪乃が結婚するから、一目会いたい、と」
《そうです。……今さら、会える道理は無いのですが》
雪花は悲しげな顔で、お茶をすする。謙が頭をかきながら、なだめている。
「まあ、そう言いなさんな、雪花さん。やっぱり嬉しいぜ、自分の親が来てくれたら」
《そうでしょうか……?》
謙は横にいる棗の肩を抱き、自信たっぷりにうなずく。
「ああ、間違いない。俺と棗の結婚の時も、そうだったもんな」
「ええ、そうですね」
棗も微笑んで同意する。
「この人、親の前で『ありがとう、ありがとう』と言いながら号泣……」「いいから。それはいいから」
謙は棗の肩から手をほどき、両手を合わせてやめさせた。その様子を見ていた雪花が、口元に手を当てて苦笑する。
《ふふ、仲がいいんですね》
「あら」
その仕草を見た橘は、感心した声をあげる。
「雪花さん、やっぱり似てる」
《そう、ですか?》
「今の笑い方、雪乃も良くやってたわ。やっぱり、親子なのね」
《そう……。それを聞くと、本当に会いたくなりますね》
また、うつむきがちにお茶をすする。ずっと見ていた柏木が、ためらいつつも尋ねてみる。
「あの、雪花さん。お会いになれば、いいのでは」
《……そうしたいのは、山々ですが》
雪花はなお、ためらう。
《先ほども申し上げたとおり、今さら会うことなど、私には到底できないのです。ですからこうして、草葉の陰で見守っていることしか》
「草葉の陰、って……、まるで死んでるみたいなこと、言わないでくださいよ。こんなおめでたい日に、不謹慎ですよ」
柏木はたちの悪い冗談と思ったらしく、雪花の返答に苦い顔をしている。
だが、橘、謙、棗の三人は気付いていた。この女性が、まともな人間でないこと――幽霊であることを。ただ、この時点までは三人とも、確信は無かった。しかし柏木の言葉に見せた雪花の反応で、確信するに至った。
《あっ、えっと、その……、いえ、そうですね。変なこと、言ってしまいましたね》
(間違いない。……この人、死んでる)
橘は内心、やっぱりと思った。向かいに座る樫原夫妻の顔を見て、二人も自分と同じことに気付いているのが分かる。
(やっぱり、……よね?)
隣にいる雪花に気づかれないよう、謙に目配せする。
(ああ。多分、間違いない)
謙はわずかにうなずき、橘に同意する。が、棗を含め三人とも、警戒してはいない。
(悪霊とかじゃ無さそうだし、このまま……)
(ああ。話だけ聞こう)
橘たちは花嫁の母親の幽霊を交えた、奇妙な茶会を続けることにした。
「柊先生、間もなく式が始まります」
式の手伝いをしている門下生が、雪乃を呼びに来た。支度の整った雪乃は晴奈を伴って、部屋を出て門下生の後に続いた。
「いよいよ……、ね」
「緊張、してらっしゃいますか?」
そう尋ねてくる晴奈を見て、雪乃は口に手を当ててクスクス笑う。
「晴奈、あなたの方が緊張してるんじゃない? 目、すわってる」
「……どうも、慣れなくて」
「わたしもよ。……ねえ、晴奈」
雪乃はすっと、手を差し出す。
「手を、握っててほしいの」
「え?」
「ゴメンね、やっぱり緊張してる。いいかしら?」
確かに、雪乃の手は小刻みに揺れている。晴奈は優しく、握りしめた。
「……ありがと」
「……師匠。こんな時に、何ですが」
晴奈はこの8年間、ずっと思っていたことを初めて、口にした。
「私は師匠のことを、……その、姉のように慕っていました。その、不敬だとは思っていたのですが」
「そんなこと、無いわよ。わたしも妹みたいに思ってたもの」
「そうですか」
雪乃はまた、クスクス笑った。
「姉さんと、呼んでもいいわよ」
晴奈は顔を赤くし、首を振る。
「い、いえ。……姉と思っても、やはり私には師匠です」
「そう。……良太はあなたを姉と慕い、あなたはわたしを姉と慕っていた。そしてわたしが、良太と結婚。……何がなにやら」
「はは……」
他愛の無い話をするうちに、雪乃の緊張は若干ほぐれたらしく、晴奈を握っていた手が緩んできた。
「そろそろ、神前式の場に着くわ。ここからはわたしだけで行くから、式場で待っていてね、晴奈」
「はい」
一方、良太は。
「すみません、本当に」
「い、いえ」
「どうかこのまま、式が始まるまで眠らせて置いてください。よろしくお願いします」
「え、ええ」
門下生に平謝りし、新郎控え室で酔いつぶれた重蔵の世話をお願いしていた。
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