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3.
晴奈は昔、焔重蔵が武器を持った姿を、二度見たことがある。
一度目は、晴奈が入門した時。そして二度目は、良太が入門して間もない時。そのどちらも、重蔵は並々ならぬ気迫を持って、晴奈たちにその力を見せた。
しかし、長年焔流家元として、多くの剣士たちの鑑とされた重蔵も、寄る年波には勝てないらしい。三度目に見た、その刀を持った姿は――。
(……老いた、か)
背筋こそしゃんと伸びているものの、まくられた袖から見える腕は筋肉が落ち、大分しわがより、皮膚が垂れ下がっている。その老いさばらえた姿に、晴奈は少なからず落胆していた。
「ふぃー。すー……、はー……」
修行場の中央に立った重蔵は腕を大きく振り、深呼吸を始める。非常にゆっくり、一呼吸に10秒近く時間をかけている。
(随分、深い呼吸だ。気合いを、入れているのだろうな)
「すぅー……、はぁー……」
重蔵の呼吸が、依然ゆっくりとしながらも荒くなっていく。そこで晴奈は重蔵の変化を、視覚的に確認した。
(む……? 家元の、体が……?)
重蔵の体が一呼吸ごとに、大きく見える。
よくよく見てみれば、体の大きさは元のままだ。だが、体を取り巻く「空気」――剣気とでも称せばいいのか――が、じわじわと重蔵の体から広がっていくのが見えた。
「はあぁー……。
晴さん。目を見開き、耳をそばだて、肌をあわ立てて、良く感じなされ。今のわしには一度しか、できん技じゃからのう」
重蔵は晴奈に背を向け、刀を構えた。
空気が弾ける音が聞こえた。
ぼむ、と硬い鞠のはじけるような、空気の震える音。
そして立て続けに、地面が爆ぜる音。
凝らした晴奈の眼には、重蔵の姿が飛び飛びに映る。
恐るべき速度で、剣舞を舞っているのだ。
空気の弾ける音は、刀を振るう音。
地面の爆ぜる音は、地面を蹴る音。
そして重蔵が立ち止まった瞬間、晴奈は空気が燃え立ち、弾け、切り裂かれたのを、その眼で確かに見た。
「……!」
「こ、これが、『炎剣舞』、じゃ。ハァハァ……。基本は、焔流剣技『火刃』、『火閃』、そして、『火射』の組み合わせ、じゃが……、ゼェゼェ、太刀筋ごとの、絶妙の、機を見切り、連携させる、ことで……、このように、空気は、瞬時に、煮える。
その猛烈な熱を、刀に込め、敵に浴びせれば、……ゴホ、ゴホッ」
重蔵が咳き込み、地面に膝を着く。晴奈は慌ててその身を抱きしめ、介抱した。
「い、家元!」
「す、すまんが晴さん、ちと、疲れた。部屋まで、負ぶっていってくれんかの」
「おじい様、もう歳なんですから無茶しないでくださいよ~」
部屋に運ばれるなり横になった重蔵を心配し、良太が駆けつけた。また人払いをし、二人きりになったところで、重蔵は横になったまま恥ずかしそうに笑う。
「はは……、面目ないわい。予想以上に、力が落ちておった。まあ、しかし。晴さんに我が奥義を余すところなく見せられただけ、重畳と言うものじゃ」
「大げさですよ、もう……」
思っていたより重蔵が大丈夫そうだったので、良太は重蔵のそばを離れ、部屋に戻ろうとした。
「……良太」
不意に、重蔵が呼び止める。
「何でしょう?」
「もしわしが……、近いうちに亡くなったら」
「ちょ、縁起でもないですよ、おじい様」
「聞け。……わしが亡くなったら、雪さんを当面、家元代理にしておいてくれ。お前たちの子が成人し、免許皆伝を得るまでは」
「雪乃さんを……?」
「雪さんはしっかりした人間じゃし、腕も立つ。彼女なら、紅蓮塞を支えられるじゃろう」
良太は困った顔で、じっと重蔵を見る。
「……おじい様、気落ちしすぎですよ。根が頑丈なんですから、まだまだ長生きしますよ」
そのまま、良太と重蔵は見つめあい――重蔵が根負けした。
「……はは、ま、そうじゃな。くだらんことを言うてしもうたのう」
晴奈は重蔵を運んだ後、また修行場へと戻っていた。
(『炎剣舞』……)
刀を構え、重蔵の動きを頭の中で繰り返す。
(太刀筋の連携と、呼吸、動作の緩急から生まれる、絶大な威力の集約、集合)
まずは、覚えている限りで刀を振るい、その動作を真似る。刀に火を灯し、一振りごとに焔流剣技を繰り出す。
(まずは『火刃』。最も基礎、基本の『燃える剣閃』)
刀を振るうと、わずかに炎がたなびき、その紅い筋を刀の後ろに一瞬、残す。
(続いて『火閃』。瞬時に熱をばら撒き、空気を焼く『爆ぜる剣閃』)
一振りすると、一拍遅れて爆音が響く。空気が膨張し、爆発しているのだ。
(そして『火射』。地面を伝い、炎を敵にぶつける『飛ぶ剣閃』)
振り下ろした瞬間地面に炎が伝わり、そのまま黒く焦げた軌跡を残して火柱が走る。
(この三種の連携、……と言うが)
汗だくになるまで何十回と振るってみたが、重蔵のように辺り一面煮え立つと言うようなことは、一向に起こらない。
(……難しいな、まったく)
その日一日中、晴奈はずっと「炎剣舞」の習得に励んだが、残念ながら一度も、晴奈の満足が行くような出来には至らなかった。
多少の不安を残したまま、この日の修行は終わった。
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