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5.
晴奈たちのところに戻ろうと、エルスたちが腰を上げたその時だった。
「エルス! 大変だ!」
晴奈が慌てた様子で書庫の扉を開け、急ぎ足でエルスたちに近寄ってくる。
「どうしたんですか、姉さん?」
面食らった様子で声をかける良太に、晴奈はコホンと咳払いして話し始める。
「先ほど、黄海から速達で文が届いた。天玄に、天原の手勢が攻め込んだらしい。現在応戦中とのことだ」
「いつの手紙?」
「3日前の日付だ。ここから天玄まで、早足で行っても10日はかかる。急がねば、エルス!」
「ああ、すぐ向かおう。……ありがとう、リョータ君。奥さんとおじいさんに、よろしく言っておいてね」
「え、ええ」
まだ目を丸くしたままの良太を残し、晴奈とエルスは書庫を飛び出す。
「お姉さま!」
書庫を出たところで、明奈も合流する。
「明奈、出立の準備はできたか?」
「ええ。あの、お姉さま。このまま徒歩で行くと、大分かかってしまいますけれど」
「そうだ。急がねば」
踵を返しかける晴奈の手を、明奈が握って押さえる。
「あの、ですので、わたしに考えが」
「うん?」
「こんなこともあろうかと、用意しておいたんです」
明奈は大きめの巾着袋から、6畳ほどの大きさの布を引っ張り出した。
「何だ、それは?」
「黒炎教団に伝わる秘伝、『移動方陣』です」
明奈は地面に布を広げ、手を組んで呪文を唱える。明奈の様子を見ていたエルスが、半ば驚いた様子で微笑む。
「へぇ、タイカ伝説の一つ、『テレポート』か。すごいねメイナ、そんな術も使えるんだ」
エルスとは対照的に、明奈の顔はくもる。
「ええ、黒炎にいた時にこっそり覚えました。でも……、残念ですが、わたしは行けません。すごく魔力を使う術なので、お姉さまとエルスさんを送り込むので精一杯なんです」
「そうか……」
それを聞いたエルスは少し、残念そうにしている。明奈はさらに不安な顔で付け加える。
「それに、あの……、わたし、未熟なので成功するか、保障が無いんです。失敗したら徒歩になってしまうのですが」
「……構わない。元々徒歩の予定だったんだ。早く行ける手段が使えそうなら、迷わず使う」
晴奈は明奈の肩に手を置き、優しく声をかける。
「ありがとう、明奈。お前がいてくれて、本当によかった」
「お姉さま……」
明奈の準備が整い、布に描かれた魔方陣が紫色に輝き始める。
「1、2の3、で天玄に飛ばします! 二人とも、乗って!」
「分かった。それじゃ行ってくるね、メイナ」
エルスは迷い無く、ポンと布の上に乗る。晴奈も明奈から手を離し、乗り込む。
「それじゃ……、行きます! 1、2の、……」
明奈は組んでいた手を解き、布をつかむ。
「3!」
瞬間、空気が歪んだ。
「……お、っとっと」
世界が一瞬で切り替わり、晴奈とエルスは同時によろける。
「ここは……」
「天玄館の、客間だ。……へぇ」
エルスはきょろきょろと部屋を見回し、床を見て口笛を吹いた。
「メイナ、本当にいい子だね」
「何?」
「変な意味じゃないよ。ほら、床を見て。魔方陣が描いてある。『テレポート』方陣は二つ一組で使うと聞いたことがある。
彼女はこんなことも予期して、準備しておいてくれたんだ」
「……明奈」
晴奈は床を撫で、ぽつりとつぶやく。
そしてすぐに立ち上がり、エルスの目をじっと見た。
「さあ、また戦いが始まる。存分に、戦い抜こうぞ!」
「もちろんさ。気合入れていこう、セイナ!」
晴奈とエルスは手をがっしりと組み、互いの闘志に火を入れた。
《皆さん、今が絶好の機会です!》
黒装束に身を包んだ者たちの頭に、天原のキンキンとした声が響く。
《陽動作戦の効果は絶大でした! 今、天玄は混乱状態にあります! ここで天玄館を襲い、制圧すれば作戦は完了です!
さあ今一度、僕に天玄を贈りなさい! 何の遠慮も、躊躇いもいりません! 燃やしても気にしません! 盗んでもいいです! 殺しちゃっても一向に構いません!
何が何でも、作戦を成功させるのですよ……!》
天原の偏執的な叫びを聞き、先頭に立っていた篠原はため息をつく。
「……皆の者。殿はああ言っているが、剣士の誇りを忘れるな。誇り高く、任務を全うしろ。それが真の忠義と言うものだ。
では、作戦を開始する」
篠原の抑揚の無い号令に、黒装束たちは深々とうなずき、四方に散っていった。残った篠原は、すぐ背後にいた二名の黒装束に声をかける。
「……朔美、霙子。俺を、どう思う」
「どう、とは?」
霙子と呼ばれた黒ずくめの少女――耳が出ていないので、人間だろう――が尋ねると、篠原は低い声をさらに重たく落して答える。
「バカ殿にこびへつらい、録を食む毎日。隠密行動で、見たくも無い人の粗を探す毎日。あれほど憎んでいた黒炎教団に与し、あの黒狼の欲求を満たす毎日……。
俺は今、己を恐ろしく恥じている」
肩を落とす篠原に、竹田が手を添える。
「あなた、疲れてらっしゃるのよ。大丈夫、目的はもうすぐ叶うわ」
「そう、かな」
「そうよ。わたしたちの力があればいずれ、あのバカ殿の裏をかける。ワルラス卿だって、四六時中、央南にいるならまだしも、あの『屏風裏』に隠れているのですから、きっとやり込めることができます。
もう少しで悲願が叶うのよ、あなた」
竹田の声援に、うなだれていた篠原は胸を張って応える。
「……そうだな。この恥辱も、いずれは報われる。
さあ、今は道化でいるとしよう。あの館を落とし、殿のご機嫌取りをせねばな」
「その調子よ、あなた。さ、霙子ちゃんも行きましょう」
「はい、義母様」
篠原たち三名も、天玄へと足を進め始めた。
蒼天剣・術数録 終
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