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5.
「何でしょう、晴奈姉さん」
「一つ聞いてもいいか?」
「……はい?」
座り直した良太をじっくりと見て、尋ねる。
「お主の経緯を聞いたが、嘘をついているだろう」
「えっ」
「両親が殺された時、お主はその場にいなかった、と言ったな?」
「え、ええ、はい」
「本当は、いたんじゃないか?」
「……!?」
良太の目が見開かれる。晴奈は続いて尋ねる。
「あの、家元を待ち構える際の、怯えにも似た、鬼気迫る気配。何の危難にも出会わず、安穏と生きてきた者が出せるものでは無い。
よほど、己の身が危機にさらされなければ、得られぬ類のものだ」
「……」
良太の額に汗が浮かぶ。二人の様子を見ていた重蔵が、はーっとため息を漏らした。
「流石じゃな、晴さん。その通りじゃよ」
「おじい様!」
良太が止めようとしたが、重蔵は片手を挙げ、それをさえぎる。
「心配するな、良太。雪さんも晴さんも、口は堅い。周りに吹聴して、お前の秘密を暴くようなことはせんよ」
「……」
重蔵は座り直し、ゆっくりと語り始めた。
「まあ、その。始めはわしと、わしの娘のいさかいが原因じゃった。
わしも娘も、あの頃はひどく頑固じゃった。娘には剣術やら作法やら色々と教えたが、それをすべて、『私はもっと別な人生を歩みたいの』と言って、捨て去った。そして口喧嘩の末に、娘は塞を離れた。
それからしばらくして、娘から手紙が届いた。『ある街でいい人と出会い、結婚した。男の子が生まれたのだが、名前を考えてくれないか』。正直、わしは少し複雑な気分じゃった。娘が勝手に、どこの馬の骨とも知れぬ輩と、と怒った反面、反目していたわしを頼ってくれたその気持ちを嬉しくも思った。……結局、わしは和解した。『良太』と一筆したため、娘に送り返したのじゃ。
その後、何度か手紙でやり取りし、そしてつい最近、『戻ってみてもいいか』と返事が来た。わしは喜んでそれを了解した。で、どうせなら迎えに行ってやろうとそう考えて、娘夫婦のいる天玄に向かった。じゃが……」
重蔵はそこで言葉を切る。その顔はいつもよりしわが深くなり、ひどく悲しそうにくぼんだ目が光っていた。
「襲われておった。
家は扉も、窓も破られ、娘も、夫と思われる男も、むごたらしく殺されておったのじゃ。そしてわしは、今まさに良太に襲いかかろうとしていた男を見つけた。考える間も無く、わしはそいつを斬った。腕は落としたものの、そいつは逃げてしまった。
後に聞けば、そいつは人さらいだったそうじゃ。央南や、央中で暗躍する人身売買の組織があり、良太はそやつらに狙われたのじゃと。わしは良太を連れ、急いで天玄を離れ、ここに戻ってきた」
「……」
すすり泣く声が、良太から聞こえてくる。晴奈が振り向くと、良太がボタボタと涙を流しているのが見えた。
「……鍛えてやってくれてありがとう、晴さん。この調子なら、良太はいつかきっと、大願を成就できるじゃろうな」
「大願?」
良太はグスグスと、鼻をすすりながら答えた。
「仇を、取りたいん、です。僕の両親を、殺した、その男を、討ちたい」
「……そうか」
晴奈はなぜか、良太がそんな言葉を吐いたことにひどく、胸が痛んだ。
(優しいこいつが、そんな悲壮な決意を抱く、……のか。私はもしかしたら、こいつが歩むべきだった人生を、曲げてしまったのでは無いだろうか。
本当にこいつを、鍛えて良かったものか)
晴奈の心境とは裏腹に、晴奈の評判は大きく上がった。「あの『坊ちゃん』を見事に鍛えるとは、なかなかに優れた師範では無いか」と評され、晴奈に指導を請う者、晴奈を慕う者が多くなった。
勿論、良太もその一人である。
「晴奈姉さん、また今日もお願いしますねっ」
子犬のように晴奈を慕う良太を見て、晴奈は心の奥にわだかまりを覚えずにはいられない。
(……しかし)
「ああ。今日も厳しく行くからな。頑張れよ」
「はいっ!」
(こいつがそれを望み、全うしようと言うのならば、応えてやらなければなるまい。
姉弟子として、また、教官としても)
晴奈は深呼吸し、雑然とした思いを頭から払いのける。良太と、前にいる門下生たちに向かって、大声を上げて指導を始めた。
「では、今日も行くぞ! まずは柔軟からだ! はじめッ!」
蒼天剣・指導録 終
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