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3.
小屋に到着した晴奈たちはとりあえず、休憩に入った。到着した時点で良太がばてていたからである。
「す、すいま、せん」
「いいから。ともかく呼吸を整えろ」
「は、いー」
晴奈は良太の呼吸が整うまでの短い間、夕べ柊と交わした会話を思い返していた。
「そう、良太がそんなことを……」
「任せていただいても、よろしいでしょうか?」
話を聞いた柊は、腕を組んでうなる。
「そうねぇ、このままだと修行にならないし。……うん、お願いしようかな」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはわたしの方よ。
……まあ、重蔵先生からね、『こんなことを頼めるのは雪さんしかおらんでのぉ。どうか、あの子が将来困らんように指導してやってくれ』と言われたんだけど、その……。えっと、思った以上に、体力の無い子でね。いずれはわたしも、付きっきりで鍛えてやろうとは思っていたんだけど、……その、最近、ね、ちょっと、立て込んでいて」
わずかに目をそらし、少し困ったような顔でつぶやく柊に、晴奈はドン、と自分の胸を叩く。
「お任せください、師匠。必ず、見違えるように鍛えてみせますよ」
「ええ、お願いね。……あ、そうそう」
柊は晴奈の猫耳に口を寄せ、そっと囁いてきた。
「まあ、無いとは思うけど。油断しちゃダメよ」
「はぁ……? 何を、油断すると?」
「……無いわよね、どう考えても」
(任せてくれ、とは言ったものの)
ようやく呼吸が落ち着き、汗を拭いている良太を見て、晴奈は少し心配になる。
(山登りでこれか。改めて思うが、なかなか苦労しそうだな)
「ほら、ばてるな! もっと根性見せろ!」
「は、はひ」
まずは、持久力を付けるための走りこみ。やはり5分もしないうちに、走ると言うより歩くと言った方がいいような状態になったが、そこで晴奈が活を入れる。
「もっと足上げろッ!」
「は、いっ」
後ろから声をぶつけ、足を動かせる。
「ほら、手も振れ! もっと息を吸え! 吐くより吸え!」
「はい、っ、ハァ、すぅー、ハァ」
「ほら、また足が上がってないぞ! 足上げろッ!」
何度も足が止まりそうになっていたが、晴奈の活で何とか、30分走り通した。
「まだ40回も行ってない! もっと腕を振り上げろ!」
「は、ぁ……、はいっ」
次は竹刀の素振り。汗だくになり、上半身裸になった良太に、晴奈がまた活を入れる。
「声が小さい!」
「はい、っ! 38! 39! 4、0! よんじゅう、いち! よん、じゅう、に! よんじゅう、さん、よ、ん、じゅー……」
「また腕が下がってる! 声出せ!」
「45ッ!」
これもつきっきりで晴奈がしごき、何とか百回、素振りをやり通した。
「……」「……」
打って変わって、今度は良太が得意としている精神修養の一環、座禅。
「……」「……」
二人とも相手を見つめ合い、一言も発しない。
「……」「……」
しごかれ、疲労困憊のはずの良太はまったく、眠たげな気配を見せない。
「……」「……」
無論、晴奈も7年経験を積んでいるので、これしきのことで眠ったりはしない。
「……」「……」
山のざわめきと互いの呼吸しか聞こえない小屋の中で、時間は刻々と経っていく。
やがてカラスの鳴く声が聞こえてきた。
「……飯にしようか」「はい」
「精神力は、人並み以上だな。あれだけの時間をかけて、疲労を抱えていながら眠らずにおれるなど、そうそうできない」
「そうですか。ありがとうございます」
二人並んで台所に立ち、食材を切りながら雑談する。
「体力も、声をかければかけるだけ、絞り出せる。まったく無い、と言うわけでも無さそうだ。この調子なら、毎日へこたれずに頑張れば着実に、鍛えられるだろう」
「本当ですか」
良太の声が嬉しそうに、台所に響く。
「ああ。もう数日、山に篭って頑張ろうか」
「はいっ」
食事も済み、日も落ちたので二人は眠ることにした。また明日、早朝から特訓である。
「本当に、今日はありがとうございました」
「『姉』の務めみたいなものだ。礼などいらぬ」
「はは、はい……」
うとうとしかけたところに、良太が楽しそうに声をかけてきた。
「姉さん、かぁ。僕、兄弟がいないので、何だか嬉しいです」
「そうか。まあ、明日も頑張れ、『弟』よ」
「はい、姉さん」
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