黄輪雑貨本店　別館

２．

　紅蓮塞に来た当初から、良太の評価は低かった。

　入門試験の時点でいきなり、倒れたからである。

「お、鬼があぁ……」

　心克堂の仕組みを見抜くことができず、目の前に鬼を出現させてしまい、そのまま気絶したのだと言う。

「むう。……じゃが、逃げんかっただけましじゃな」

　結果を聞いた重蔵も困った顔をしたが、この時は妙な温情を見せ、塞内に入れた。そこでまず、ケチが付いた。

　様子見と言う温情を付けて入門し、いざ稽古に入ったものの。

「ヒィヒィ、ゼェゼェ」

　素振りでばてる。

「痛っ！」

　稽古でうずくまる。

「も、もうダメ……」

　５分も走れない。

　まともにできるのは座禅や読経などの、精神修練のみ。

　指導に当たる者たちは良太のことを「祖父の七光りの厄介者」と馬鹿にし、遠ざけていた。

　とは言え晴奈にとっては弟弟子であるし、自分も修行を始めたばかりの頃には似たような扱いを受けたこともある。どこか親近感のような、同情心のようなものを、良太に感じていた。

「調子はどうだ、良太」

「あ、晴奈姉さん」

　ある日、書庫の側に置いてあった長椅子で一人、本を読んでいる良太を見つけたので、晴奈は声をかけてみた。

「調子、は……。そうですね、毎日、筋肉痛です」

「そうか。体力は、前より付いたか？」

「うーん、あんまり付いた気、しないです」

「ふむ……」

　良太の横に座り、読んでいる本を眺める。

「何を読んでいる？」

「え？　ああ、えっと。歴史の本ですね。央南の、昔を書いた本です」

「そうか。面白いか？」

「ええ。すごく心が落ち着きます」

　そう言って良太は、にっこりと笑う。

「僕、あんまり体を動かすの、苦手なんです。ここに来る前から、ずっと本ばかり読んでましたから」

「前、か。……そう言えば、お主は何故ここに？」

　それを尋ねた途端、良太は困ったような顔を見せた。

「それ、は……」

　その表情を見て、晴奈は慌てて手を振る。

「あ、いやいや。言いたくなければ、言わなくとも良い。……そうか、まあ、お主にも色々あるのだな」

　晴奈はそこで、一旦言葉を切った。良太は読んでいた本を閉じ、じっと晴奈を見つめている。

「ん？　私の顔に、何か付いているか？」

「晴奈姉さん、お願いがあるんです」

　良太は座り直し、晴奈に頭を下げた。

「僕を、鍛え直してください」

「……ふむ？」

　良太も塞内での自分の評判は、良く知っていたらしい。思いつめた顔を晴奈に向け、もう一度頭を下げた。

「僕に力が無いせいで、おじい様の評判まで落としているらしくて。折角僕に色々してくださったおじい様の顔に、泥を塗るような真似はしたくないんです」

「なるほど。そう言うことであれば、協力は惜しまない。が……」

　晴奈は良太の体つきを上から下まで一通り眺め、ため息をつく。その体つきはどう見ても、貧弱という他ない。

「……相当、大仕事になりそうだ」

　翌日、晴奈は良太を連れて、紅蓮塞の裏手にある山へと登った。

「ゼェ、ゼェ」

「頑張れ、良太」

　登り始めて早々、すでにばてている良太の手を引き、晴奈は山道を進む。

「どこに、行くん、ですか？」

「まあ、修行の代名詞だな。いわゆる、山篭りという奴だ」

「山、篭りです、かぁ」

　良太の声がどんどん弱くなってくる。晴奈はため息混じりに、良太に声をかけた。

「……もう少し頑張れ。しゃべらなくても、いいから」

「はぃ……」