黄輪雑貨本店　別館

「やっぱ今年は『巻き』だよねー」「ねー」

　そんな声が、コンビニに入ると聞こえてきた。声のした方を振り向くと、女の子たちが雑誌棚で立ち読みをしながら、大声で雑談している。……家に帰ってから読めばええやん。

「ほらー、あたしって『狐』じゃないですかー」

　知らんがな。

「やっぱりふわふわしてる感じ、可愛いと思うんだよねー」

「分かる、分かるー。あたしもふわふわ感が大事、みたいな」

　イライラするわー。早よ買えよ、雑誌。……と思っていたのだが、結局その「狐」と「兎」は、店中に響き渡る大声でぺちゃくちゃしゃべった後、雑誌を買わずに帰っていった。ホンマ、マナー悪いやつ多なったなぁ。

　しかし。「巻き」って何だ？

「巻き？　パーマみたいな感じで、髪の毛をゆるーく巻き上げることやけど？」

「あ、そーなんか」

　大阪に住む姉に電話で聞いたところ、「何聞いてん？」と言う感じで答えてくれた。

「いやな、今日コンビニ行ったら、ケモノ系の子が大声で『今年は巻きだよねー』言うてたから、何なんやろ思て」

「あー。最近は尻尾とか獣耳に『巻き』しはる子もいるらしいわ。あたしの後輩も――あ、その子も『狐』なんやけどな――尻尾に名古屋巻きしてきて、『これ可愛くないですか？』って。まー、でもなー、あんまり可愛くないって言うか、んー、……ちょっと、きもかった」

「マジかー」

「やっぱりあたしは、ストレートの方がええなー思うわ」

　ああ、それは確かに、そう思うわ。

　その一件が気付かせてくれたのか、街に出てケモノっ娘を眺めていると確かに、尻尾や獣耳にパーマを当てている子が多かった。短毛種の子には、ジャラジャラとピアスを付けているのも目立つ。

「昔は、鈴とかだけやった気するけどなー」

　ついでに立ち寄った美容院で店員と、そんな話をしていた。

「あー、昔はねー、結構シンプルな感じだったねー」

　店員さんは髪を切りながら、しみじみと思い出を語り出す。

「昔付き合ってた子も『兎』だったんだけどさー、長毛種のタイプだったから良く手入れさせられたよー。ま、でもさー」

　店員が鏡の向こうでニヤついている。

「これがもー、可愛いんだよ。ふわっふわなんだ、これが！　もー、美容師冥利に尽きる、って感じ？　いや、すっげー可愛いんだ、ホント」

　店員さんの左手を鏡越しに確認すると、薬指に指輪がはまっていた。……と言うことは、つまり。

「ま、今の嫁さんが、その『兎』なんだけどな。子供も母親似で、ホンット、可愛くてな～」

　その後延々と、のろけ話を聞かされた。……分かったから、可愛いのんはホンマ、よー分かったから。

　散髪が終わり、髪を洗いに行く途中でチラ、と他の客を見ると――。

「あ、テールカットもお願いね。ストパかけて」

　３０代くらいの「狼」の女性が店員に注文していた。尻尾を見ると、ストレートパーマなんて必要ないんじゃないかってくらい、綺麗な尻尾だった。やっぱ、変にいじるよりそっちの方が可愛いわ。

　髪を洗ってくれたのは「猫」の店員さんだった。

「店長、ずーっと奥さんと娘さんの話、してたでしょ？」

「あ、店長さんだったんですか」

「ベタ惚れだから。まあ、写真見せてもらったんですけど、確かに可愛いんですよ。さすが、って言う感じですよ」

　店員さんは笑いながら、さっき見た「狼」の話をしてくれた。

「今はちょっとカールさせるのが流行ってますけど、一番はやっぱり、綺麗なストレートですね。さっき来てた『狼』さんも、結構長いこと、うちに来てるんですが、最初の頃から髪も尻尾もストレートだけ。一度も、他の髪型に変えたこと無いんですよ。うちではね……」

　店員さんは髪を洗いながら、耳打ちする。

「『ストレートさん』って呼んでるんですよ」

　髪を洗い終え、乾かしに行く途中で、髪を洗ってもらっているストレートさんを見た。尻尾はそのままになっていた。洗わへんのかな？

「尻尾はねー、専用の洗い台があるんだよ。スト……、コホン、その『狼』さんとかは特に、念入りに洗わせてもらってるねー」

　店長、今危うく「ストレートさん」って言いそうになってたな。

「あの人はねー、ホントに美容に金、かけてるね。月一回は来るから。昔はどこかのモデルさんだったみたいだし、今もどこかで、そーゆー仕事してるのかも」

　散髪を終え、またあのコンビニに立ち寄った。また、あのやかましい「兎」がいた。

「うん、そうー。うん、『Ｆ☆Ｆ』でいい？」

　雑誌棚の前で、携帯をかけている。ＦＦって何や、ゲームか？

「おっけー。じゃ、切るよー」

　話し終えた「兎」は、雑誌棚にひょいと手を伸ばし、ファッション誌を取ってレジに向かう。何を取ったのか見てみると――。

「週刊　ファンタジー☆ファッション　特集！　これが最新の尻尾巻き」