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1.
人が変わるには、きっかけが要ると言う。
そして後の伝説に残るような人物は、そのきっかけ――契機が、他の者よりもずっと、恵まれていたのだろう。
ウィルバーとの戦いに敗れ、明奈を教団に奪われた晴奈は、その点、大きな経験を積んだと言える。彼女の中で膨れ始めていた慢心、そして忘れかけていた妹への感謝を、その出来事は諌め、思い出させてくれた。
そして師匠、柊の人となりに深く触れ、ともに旅をしたことで、彼女の優れた部分を吸収することができた。
様々な経験が彼女を育て、熟成させ――さらなる高みへと、誘った。
双月暦512年の秋、彼女は柊からいきなり、こう言われた。
「参ったわねぇ」「え?」
これまで6年やってきたように、その日もいつも通りに、朝稽古を始めようとした。ところが木刀を構えた瞬間、柊がため息をついたのだ。
「どうされたのですか、師匠?」
「……ま、打ち合えば、分かるわ」
そう言って柊は一歩、踏み込んできた。その瞬間晴奈の頭に、たぎるような感覚――黒炎が攻めてきた時や、島と戦った時に感じたのと同じ、息が止まるような緊張感が生じる。
(殺気!?)
「稽古でも、真剣にやる」と約束してはいたが、それは技術の面と心持ちで、だけ。まさか本気で、殺すつもりでやるわけにもいかない。
だがこの時、柊は本気でかかって来た。本気で、晴奈を殺すつもりで、踏み込んできたのだ。鋭敏な感覚を持ち、かつ、修羅場を潜った晴奈には、その一動作だけで、柊の感情が察せられた。柊が斬りかかると同時に、晴奈は木刀を使って、それを防御する。
「くッ!」
ボキ、と言う鈍い音と共に、晴奈の持っていた木刀が、真っ二つに折れる。良く見れば、柊はいつの間にか真剣を構え、さらにその刃は赤く輝いている。紛れも無く、「燃える刀」を使っているのだ。
「し、師匠!? 一体、何故に!?」
「問答無用ッ! 刀を抜け、晴奈ッ!」
師匠から向けられる、正真正銘の殺意に、晴奈は若干戸惑い、怯む。だが、その困惑を無理矢理押さえ込み、腰に差していた刀を抜く。
(一体、何をしているのですか、師匠!?)
問うことも考えたが、恐らく答えてはくれないだろう。晴奈は頭から、余計な思考を追い出した。
(今考えるのは目の前の、……『敵』を、倒すことだ!)
刀を構え、刃に炎を灯す。まだ日も差さぬ、朝もやの立ち込める修行場に、二つの火がゆらめいていた。二人はしばらくにらみ合ったまま、静止する。
先に、柊が仕掛けた。
「ぃやああああッ!」
燃え盛る刀を振り上げ、飛び上がる。晴奈は瞬時に、柊の太刀筋を袈裟斬りと判断し、刀を脇に構える。
「させるかッ!」
晴奈は地面を滑るように、低く跳ぶ。一歩分体が前に進み、柊の間合いから外れる。柊の刀は晴奈の体を裂くこと無く、切れ味の悪い鍔本が肩に食い込むに留まった。
「くあ……、あお、おあぁぁッ!」
痛みからの叫びを気合の声に変え、晴奈は刀の柄を、柊の鳩尾にめり込ませる。
「く、は……」
柊の口からか細い呻きが漏れ、がくりと頭を垂れて、その場に崩れ落ちた。
それを見た途端、晴奈の緊張が解ける。呼吸を整え、次第に冷静さを取り戻し、そこでようやく、自分が師匠を倒したと自覚した。
「……師匠!」
我に返った晴奈は、慌てて柊の側に駆け寄る。柊はぐったりとし、動かない。その青ざめた顔を見て、晴奈の顔からも血の気が引く。
(ま、まさか。柄で突いたとは言え、打ち所が悪かったか……!?)
「師匠! 大丈夫ですか、師匠!」
晴奈は柊を抱きかかえ、必死で名前を呼ぶ。
「……くぅ、痛たた」
少し間を置き、柊は息を吹き返した。気を失い、真っ青な顔をしている割にはしゃんとした動作で、柊は晴奈の手をつかむ。
「強くなったわね、晴奈。19でもう、その域に達するなんて」
「え?」
生きていたと安堵する間もなく、晴奈は戸惑う。
「もう、わたしから教えることは何も無い。修行はおしまいよ」
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