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4.
堂の戸が、すっと開かれる。重蔵がニコニコと笑いながら、入ってきた。
「おう、おう。起きておったな、晴さん」
晴奈は一瞬重蔵に顔を向け、すぐに目の前で刀を構えていた「自分」の方に視線を戻した。だが、すでにそこには、誰もいなかった。辺りを見回しても、人の姿は重蔵だけ。倒してきた者たちも、どこにもいなかった。
「さて、聞こうかの。晴さん、この試験、何を問うものじゃろ?」
すべてを察した顔で、重蔵は晴奈に問いかける。晴奈はこの24時間で至った考えを、率直に話す。
「……戦いの、意義。無闇に戦うことが、正しいことかどうか。無益な戦いは、無駄であると言うことだと」
「ほぼ、正解じゃ。じゃが後一つ、逆のことも考えなければならぬ」
「逆の、こと?」
晴奈は刀を納めつつ、聞き返す。
「意味も無く戦えば、どうなる?」
「意味も、無く……。恐らく、無為。何も、なさぬかと」
「さよう。じゃが、確実に失ったものがある。時間や話す機会、物、その他諸々、そして何より、人命。人は失った分、何かを手に入れようとする生き物じゃ。戦いで失ったものを取り戻そうとし、それは時として、次の戦いを生む。
そしてまた失い、手に入れようとし――行き着く先は、修羅の世界じゃ。こうなるともう、無限の損失しか残らん。永遠に失い続ける人生を歩み、何も生み出すことは、無い。それは己自身をも滅ぼす、まさしく地獄じゃ。
無益な戦いこそ、剣士の名折れと心得よ。それが、この試験の本意じゃ」
「なるほど……」
重蔵の答えを聞いて、晴奈はしばらく顔を伏せ、考える。
「……もう一つ、思ったことがあるのです」
「うん?」
「私は、私と向かい合った時、ひどく怯えていました」
それを聞いた重蔵が、「ほう」と声をあげた。
「自分まで、呼びなすったか」
「ええ。そして対峙した時、ずっと私は、私から殺意をぶつけられていました。お恥ずかしい話、これまで私は、あれほど強い殺意を受けたことが無かったのです」
「ふむ」
重蔵は腰を下ろし、晴奈に座るよう促す。
「まあ、今までの経験から言うとじゃな」
「はい」
座り込み、同じ目線にいる晴奈をじっと見て、重蔵は言葉を続ける。
「晴さんみたいに、自分を呼び出した者は、滅多におらんのじゃ。
呼び出した者は例外なく、若くして才能を開花させ、道を極めた者。そう言う者ほど、自分に自信を持っておるのじゃろうな」
「はあ……」
「正直な話、わしが試験を受けることを促した時、『自分にはその資格がある』と思ったじゃろ?」
「……」
心中を言い当てられ、晴奈は顔を赤くしてうなずく。
「そんな者ほど、当然過ぎるほど当然のことに、気付かん。『敵を倒す時は逆に、倒されることもある』、と言うことにな。それが分からん者は、修羅になりやすい。さっきも言うたが、剣士としてそこに身を置くことは、何よりも悪い罪じゃ」
罪、と聞いて晴奈の心がまた痛む。先ほど感じた罪悪感が、思い出されてきた。
「自分と向かい合った時に感じたそれを、よく覚えておきなさい。修羅の道に足を踏み入れそうになった時、それを思い出せば、思い止まることができるじゃろう」
「はい……」
晴奈は重蔵の言葉を、心に深く刻みつけた。
重蔵は懐から巻物を取り出し、晴奈の眼前で紐解き、開く。
「これは、焔流剣術の始まりからずっと書き連ねておる、免許皆伝の書じゃ。
ほれ、この端。『焔玄蔵』と書かれておるじゃろ。これこそが我らの開祖、『焔剣仙』玄蔵。そしてその後に、おびただしい数の名前が連なっておる。これらは皆、焔流を極めし者。免許皆伝の証を得た者たちじゃ。
そして今日、玄蔵と反対側の端に。黄晴奈の名を、連ねよう」
重蔵は指差した箇所に晴奈の名を書き、晴奈の手を取って、拇印を押させた。
「おめでとう。これより晴さんは、焔流免許皆伝を名乗ってよろしい」
「……」
晴奈は何か、礼を言おうとしたが、言葉にならない。ばっと体を伏せ、重蔵の前で深々と、頭を下げた。
こうして双月暦512年の秋、晴奈は焔流免許皆伝と言う、最大・最高級の剣士の称号を得た。同時に紅蓮塞での地位も急激に上がり、指導に回ることも多くなった。
だが、晴奈はこの現状に満足しなかった。いくら強くなっても、強くなったと言う証明を得ても――。
(明奈を救い出せなくて、何が免許皆伝だ)
いつか明奈が、無事に帰ってくるまでは、……と。
晴奈は救い出す機を待ち、黙々と修行に励んでいた。
蒼天剣・烈士録 終
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