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3.
「はあ……」
椅子に座り、頬杖を付いて柊がため息を漏らす。宿に戻ってからずっと、この調子だ。
「楢崎殿、一体、どうなってしまわれたのか」
「もしかしたら……」
柊は少し、青ざめた顔でつぶやく。
「負けたことを恥じ、自害した……、なんてこと、無いわよ、ね」
「し、師匠」
「無い、ってば。楢崎はそんな、やわな男じゃないわ」
柊は微笑むが、その笑顔には力が無く、余計に晴奈の不安をかき立てる。それを察したのか、柊は楢崎について、話をし始めた。
「……楢崎は、どちらかと言うと失敗をバネにして、成長する男。わたしが入門した時から、そう言う男だった。
普段から気性が穏やかで、勝負事はあまり、得手では無かった。いつも真正面からぶつかる、正々堂々とした戦い方を好んでいたわ。でもその分、どこまでも正直で、清々しくて――紅蓮塞にいた時は、兄のように慕っていた。
それ、にね――」
柊は――他に誰がいるわけでも無いのに、わざわざ――晴奈の耳に口を近付けて、そっと囁いた。
「わたしの、初恋の人、……だった」
「そう、でしたか。……今、は?」
「彼は結婚してしまったし、塞を離れてからは急に、そんな気持ちはしぼんでしまった。……今でも、兄のように思っているけどね」
そう言って、柊は恥ずかしそうに笑った。晴奈も思わず、クスッと笑ってしまう。
「……無事だといいですね、楢崎殿」
「そうね」
その夜、眠っていた晴奈たちの部屋の戸を、叩く者があった。
「夜分遅く、すみません。柊様、お話があります」
「……何かしら? なぜ、わたしのことを?」
のそのそと起き上がり、眠たそうに尋ねる柊に対し、声の主はやや、急ぎ気味に返した。
「我が師、楢崎瞬二のことでお話が……」
それを聞いた瞬間、柊の長耳は跳ね上がった。
「……入りなさい。ぜひ、聞きたいわ」
入ってきたのは昼間、晴奈たちに声をかけたあの門下生だった。晴奈も起き上がり、眠い目をこすりながら話の輪に入る。
「楢崎殿は、どうなったのですか?」
「そのことを話す前にまず、自己紹介をさせていただきます。
私の名は柏木、3ヶ月前まで楢崎先生の、一番弟子でした。ところがあの、島と言う男が先生と勝負し、負かしてしまったのです。以来私は、あの下劣な男の小間使いをさせられております」
「そこを、詳しく聞きたいわ。なぜ楢崎ともあろう男が、あんな者に遅れを取ったの?」
柏木は顔を曇らせ、虎耳をブルブル震わせる。
「……先生は、負けるしかなかった。その前日、先生のご子息がかどわかされたからです」
「何ですって……!?」
「脅迫されていたのです――『息子の命が惜しければ、道場を明け渡せ』と」
瞬間、柊師弟は激昂した。
「ふざけた真似を……ッ!」
「幼い子を危険にさらしてまで、己の利欲を取るなんて!」
「話には、続きがあります……」
柏木はこらえきれず、涙を流し始めた。
「勝負に負けた後も、ご子息は戻ってこなかった。すでに、どこかへ売り飛ばされたと、言うのです。負かされた直後、島自身からその言葉を聞いた先生は、島に負わされたケガも忘れ、ご子息を探しに出て、そのまま行方が……」
あまりに残酷な話を聞かされ、晴奈は怒りで、尻尾の毛を毛羽立たせる。
「奥方も心労で倒れられ、今は臥せっております。
私自身が、仇を討とうとしたものの、実際、島は強く、私ではとても、太刀打ちできなかったのです。ですが、柊様なら――先生からお話は、かねがね伺っておりました――あの男を倒せるでしょう!
お願いです、柊様! 何卒あの悪党、貧乏神、寄生虫――島を討ってください!」
「……」
柊は口を開かない。その代わりに刀を手に取り、下ろしていた髪を巻き上げ始めた。それを見た晴奈も、同じように外へ出る支度を取る。
支度が整ったところで、柊が静かに、しかし力強く、一言答えた。
「任せなさい」
柊と晴奈の周りだけ、たぎるように熱い「気」が広がっていた。
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