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山篭りを始めて一月が経った。
「走れ! もっと足上げろ!」「はいっ!」
初日はすぐにへたり、走ることもままならなかった良太だが、このしごきに体が慣れてきたのか、(多少手足の動きは鈍ったままだが)走りきることができるようになった。
「もう少しで百だ! 後20回、こらえろ!」「はい!」
まともに30回できなかった素振りも、今は何とか60辺りまで、無難にこなせる。
晴奈の特訓は、着実に実を結んでいた。
「そろそろ、山を降りるとするか」
「え?」
床に入ったところで、晴奈が声をかけた。
「この一月、お主はよく頑張った。最初の頃より大分、力は付いたろう。もう皆と同じように稽古をつけても、置いていかれるようなことはあるまい」
「そうですか……」
なぜか、良太の声は寂しそうだった。
「……昔」
「ん?」
話が途切れて10分も経った頃、良太の方から沈黙を破った。
「昔、僕の母は紅蓮塞にいたそうです」
「は?」
唐突に、良太は自分の身の上を語り始めた。
「でも、おじい様とケンカして出て行ったと、母から聞きました」
「そうか」
「母はその後央南を転々とし、やがて天玄と言う街で父と結婚しました。そして僕が生まれたんですが、その後……」
晴奈は、何か悲劇があったのだろうと感づいた。そして良太の口から、予想通りの言葉が出てくる。
「両親とも、亡くなりました。僕がいない間に、強盗、……に襲われて。
事情を聞いたおじい様は、僕を引き取ってくれました。そして『自分の力で、自分を守れるように精進しなさい』と」
「……そうか。色々、あったのだな」
「はい。……あの」
「ん?」
良太はそこで、口ごもる。
「……あの、……いえ。その、一ヶ月の間、ありがとうございました」
何かを言おうとしたようだが、晴奈はあえて、尋ねようとはしなかった。
「ああ。また何かあれば、何でも相談してくれ」
翌朝、晴奈たちは山を降り、一月ぶりに紅蓮塞へと帰ってきた。そのまま柊のいる部屋まで向かい、二人で修行の成果を報告した。
「師匠、ただいま戻りました」
「おかえり、晴奈。それで良太は、強くなった?」
「ええ、それなりに。紅蓮塞での修行も、耐えられるでしょう」
それを聞いた柊は、嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。そっちの方はもう、安心ね」
晴奈は柊の言葉を聞き、首をかしげた。
「そっち、とは?」
聞いた途端、柊は困ったような顔をした。
「あ、えーと、その。……無いとは、思うんだけどね」
「ん?」
柊は晴奈の猫耳に口を寄せ、そっと尋ねてきた。
「何にも、無かったわよね?」
「は? ですから、十分鍛えられたかと」
「……無さそうね。良かった良かった」
「?」
続いて家元、重蔵にも同様に報告した。重蔵は柊のように、変に勘繰るようなこともせず、素直に喜んだ。
「そうか、そうか。これで一安心じゃな。……んー。まあ、少し見てみようかの。二人とも、そこで待っていなさい」
そう言うなり、重蔵は立ち上がって部屋を出る。
「また、唐突な……。家元、珍しく好戦的だな」
良太はきょとんとした顔で、晴奈に尋ねる。
「見てみるって一体、何でしょうか?」
「実力が付いたかどうか、だな」
「はあ……」
まだ、具体的に何をされるのか分かっていないらしく、首をかしげた。
「見る……、か? どうやって見るんだろう?」
「とりあえず」
晴奈はそっと立ち上がり、部屋の端で座り直した。
「え?」
「刀は手元に近づけておいた方がいいぞ」
「? ……あ、なるほど」
そこで良太も、何が起きるか感づいたらしい。慌てて傍らに置いていた刀を手に取り、周りの気配をうかがうように、きょろきょろと見回す。
その瞬間、晴奈は何かを感じ取った。
(ふむ……? 不思議な奴だな。あれだけひ弱なくせに、ここで急に、一端の剣気――手練が戦いに臨む際、自然と発するような、そんな空気を帯び始めた。
多少侮っていたが、やはりこいつも焔の血筋と言うことか?)
良太を包む空気が、ゆらりと変化する。それまで怯え、戸惑う兎のようだった目に、緊急を感じ取っている輝きが、ちらちらと浮かんでくる。
(しかし、それだけが理由では無さそうだ。この目は勇猛果敢に敵を打ち砕く虎とも、圧倒的な威圧感で獲物を狩る狼とも違う、どこか切迫した目つきだ。
例えるなら、手負いの獣。修羅場を潜り、憔悴しきった羊のような……?)
晴奈は腕を組みながら、じっと良太を見ていた。
と、唐突に天井が開き、そこから重蔵が槍を持って、飛び込んできた。
「!」
「せやあッ!」
重蔵は飛び込んでくると同時に、槍を振り下ろしてくる。良太は目を見開きながら、バタバタと後ろに下がる。間一髪、避けることはできたが、休む間もなく重蔵が二撃目を繰り出してくる。
「そりゃッ!」
「……ッ!」
良太は声もあげず、鞘に収めたままの刀でそれを防ぐ。
「それ、もう一丁ッ!」
バン、と床を蹴る音とともに、槍がもう一度、良太に向かって伸びる。
「うわ、っ」
刀を抜けないまま、良太はもう一度鞘で防ごうとした。
「あ、まずい良太」
黙って成り行きを見ていた晴奈は、そこで声を漏らした。重蔵の槍は良太の鞘のすぐ手前でいきなり、ぴょんと跳ねた。
「えっ」
そのまま拳一つほど進んだところで、槍の穂先が勢い良く下がる。バチ、と言う音が響き、良太の刀ははたき落とされてしまった。
「あ……」
「ふーむ。晴さん、どれくらいじゃろ?」
問われた晴奈は、二人が仕合った時間を答える。
「7、いえ、8秒だったかと」
「8秒か」
良太の鼻先に槍を当てたまま、重蔵はぽつりとつぶやいた。
「まだまだ、じゃなー」
重蔵は何事も無かったかのように、元の位置に座った。
「まあ、それでも最初の頃に比べれば幾分、様変わりしたのう。ようやった、晴さん」
「はい、ありがとうございます」
晴奈たちも元の位置に戻り、揃って頭を下げる。
「まあ、後何年か、じっくり修練を積みなさい」
「はい。それでは、失礼……」「待った」
もう一度頭を下げ、立ち上がろうとした良太を、晴奈が止めた。
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