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2.
晴奈と柊の戦いから3時間後。
二人は重蔵の前に並んで、座っていた。
「ふむ、そうか。晴さん、師匠に追いつきなすったか」
重蔵は腕を組み、何かを考え込む。やがて、決心したように、ぱたりと膝を打った。
「ようやった、晴さん。良くぞ、6年と言う短い歳月で、そこまで己を磨きあげたものじゃ」
「は、はあ。ありがとうございます、家元」
「じゃが、まだ免許皆伝とは、いかんな。今はまだ、その手前じゃ。
どうする、晴さん。免許皆伝の証を、狙ってみるかの?」
この問いに、晴奈の心は当惑すると同時に、とても高揚した。
(め、免許皆伝!? まだ、私は19で、そう、6年だ。修行してまだ、6年しか経っていない。こんな若輩者がそんなものをもらって、いいのか?
……い、いや、しかし。家元が直々に、お声をかけてくださっているのだ。であれば、私にその資格があると、言っているも同然なのでは。
ならば――狙って、みるか?)
晴奈は目を閉じ、心を落ち着かせる。
「どうかな?」
重蔵がもう一度聞いてくる。晴奈は少し間を置いた後、「はい」と答えた。
晴奈はふたたび、あの「鬼が出る」堂――伏鬼心克堂を訪れた。免許皆伝の試験は、この堂で行われるのだ。
だが、前回と比べて違う点がある。まず刀を大小二振りと、武具を身に付けた状態で入らされたことだ。
(まるで、誰かと戦えと言っているような?)
「さあ、晴さん。そこに座って、わしの話を、よーく聞きなさい」
「あ、はい」
言われた通りに、晴奈は正座する。そしてもう一つの違い、試験時間について聞かされる。
「これから一昼夜、丸一日。ここにいてもらう。その間、眠らずにいられれば、試験は修了。晴れて、免許皆伝じゃ。
じゃが、勝手は入門の時とは、ちと違う。この堂の仕組みには、気付いておるじゃろ?」
「はい。己の心が、鬼を作るのですね」
「そう。確かに入門時の仕掛けは、そうじゃった。
じゃが、今度の仕掛けはそれとは、ちと違う。出てくるのは、鬼では無いのじゃ」
「鬼では無い? では、一体何が?」
重蔵は首を横に、ゆっくりと振る。
「それは、晴さん自身で確認し、その理由を考えてみなさい。それがこの試験の答えであり、真意じゃ」
そう言って重蔵は、堂から出て行った。
試験が始まってから1時間が過ぎた。
完全武装した状態での座禅は、さすがに武具がうっとうしすぎて、気が散ってしまう。とりあえず最初のうちはじっと座ってはいたが、やがてそれにも飽きた。自然と立ち上がり、重蔵が言っていた、この試験に出てくると言う「何か」を待ち構えていた。
(鬼ではない、か。この装備から、もしかすれば鬼と戦えと、言っているのかと思ったが、そうでは無さそうだ。
では、一体何と、戦うのだ?)
他にやることが無いので何気なく、晴奈は手入れをしようと、刀を鞘から抜いた。
(……!)
その刃に何か、黒い影が映っている。晴奈の背後に、誰かがいるのだ。
「何奴!」
振り返ると、そこには――。
「……!? ウィルバー! 何故、ここにいるのだ!」
「……」
かつて晴奈に手痛い敗北を負わせた、あのウィルバーがいた。ウィルバーは一言も発さず、いきなり襲い掛かってくる。
「く、この……!」
4年前と同じく、三節棍は変幻自在の動きを見せ、晴奈を翻弄する。一端をうかつに刀で受けると、もう一端が跳んでくるため、距離を取りつつ、棍を受けずに、弾いて防御する。だが、跳んでくる棍は重く、何度も受けるうちに、晴奈の手がしびれてきた。
「くそ、重たい……ッ」
接近戦は不利と判断し、晴奈は後ろに飛びのく。すかさず一歩、踏み込んでくるウィルバーを見て、晴奈は瞬時にある戦術を閃く。
「それッ!」
踏み込んできたウィルバーに、突きを浴びせる。当然、ウィルバーは防御するため、棍でそれを絡め取る。
(棍を使ってくるならば、至極面倒な相手になる。だが、それを封じれば……!)
防御に棍を使うならば当然、その瞬間だけは、棍での攻撃はできない。晴奈は素早く、絡め取られた刀から手を離し、脇差を抜いて、ウィルバーの眉間を斬りつけた。
「……!」
ウィルバーの額から血が噴き出し、そのままバタリと、前のめりに倒れた。
「ハァ、ハァ……。何故、こいつがここに?」
刀を拾いながら、呼吸を整える。倒れたまま動かないウィルバーを見下ろしながら、とどめを刺そうと一歩踏み出した、その時――。
「……!?」
風を切る音に気付き、とっさに身をよじる。頬を、石の槍がかすめた。
「橘殿!? いきなり、何をするのです!?」
かつて己の力を証明するために戦った魔術師、橘が、杖を構えて立っていた。
「……」
橘もまた、無言で襲い掛かってきた。
「ゼェ、ゼェ」
堂にこもってから、8時間が経とうとしていた。
「わけが、分からぬ」
最初にウィルバーが襲い掛かってから、すでに20人近い手練を打ちのめしている。辺りには彼らが、一言も発さず、また、目を覚ますことも無く倒れ伏している。
襲ってくるのはウィルバーを初めとする、黒炎の者たち。橘や柏木など、修行を共にした者たち。彼らがどう言うわけか、引っ切り無しに襲ってくるのだ。
「一体、何故に?」
19歳にして剣術を極めた晴奈とて、8時間も兵(つわもの)たちを相手にし続けては、さすがに疲れも色濃く表れてくる。肩で息をし、後ろでまとめた髪はとうにほつれ、乱れている。敵から受けたダメージも少なくない。それを体現するかのように、パキ、と音を立てて鉢金が割れた。
「後、一体、何人、倒せば、いいのだ!?」
晴奈以外動く者がいない堂内で、晴奈は鉢金を投げ捨て、叫ぶ。
と、またしても、背後から敵が現れた。
一人倒すのに、およそ30分。十人倒すのに、5時間。
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