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1.
免許皆伝を果たしてから、晴奈の環境は変わり始めていた。
まず、第一に。師匠、柊と一緒に過ごす時間が減った。
「また、別な子の指導を頼まれちゃって」
「そうですか。では、私の弟弟子、となるわけですね」
「そんなところね。その子が起きたら、また改めて紹介するわね」
「起き、たら……?」
柊は困ったように、クスクスと笑った。
「心克堂で、泡を吹いて倒れちゃったのよ。先が思いやられるわ」
「な、なんと」
第二に。自分自身が、入門したての者たち、門下生の指導に当たるようになった。
「わ、私、が、本日指導に当たる、黄、晴奈だ。……んん、皆、その、精進するように」
「はい、先生!」
指導初日で、あがっている晴奈とは裏腹に、門下生たちは皆初々しく、さわやかな挨拶を返してきた。
「で、では、えーと、んん。まずは、柔軟体操、からかな。各自、えー、私に合わせて、屈伸を始め、なさい」
「はい!」
挨拶はたどたどしかったものの、体を動かし始めると段々、調子が乗り始める。
「よし、それでは素振り、百本行こうか」
「はい!」「え」
多くの者が快活に応える中、小さく戸惑ったような声をあげる者がいる。晴奈も「入門したての者には多すぎたか?」と戸惑ったが、ともかくやらせてみた。
「……はじめっ」
晴奈の号令に合わせ、ほとんどの者が軽々と竹刀を百回、振り切った。ところが一名、30回を越えたあたりでへばっている。
「ゼェ、さんじゅ、う、さん……、さん、ゼェ、さんじゅう、よん……」
(お、おいおい)
第三に。紅蓮塞での交友関係も、新しい広がりを見せた。
「まったく、『お坊ちゃん』にも困ったものだ」
「そうですねぇ」
晴奈と同じく、ここ最近指導に当たるようになった者たちが集まり、碁を囲んで話をしていた。晴奈も碁を差しつつ、話題に上っている人物を評する。
「確かに、あれはひ弱だ。剣士に向いていないのでは無いのだろうか」
「本当に、焔の血筋なのか……?」
その場にいる全員が、首をひねる。
「まあ、家元が自分の孫であると仰っているし、疑う道理もあるまい」
「いやー、でもあの子、家元には全然似てませんしねぇ」
「まあ、確かに。しかし魔力は、あるようではある。座禅などの修練は、いい成績だった」
晴奈の言葉に、碁の相手は腕を組んでうなる。
「ふーむ、そうですか。それなら体を鍛えれば、それなりになるかも知れないですねぇ」
「今のところは気長に観るのが、いいのではないかと」
「それがいいかもですねぇ。……ほい、と。へへ、黄さん、悪いですねぇ」
相手が盤上の、晴奈の石をひょいひょいと取り上げる。
「む、うー。……投了」
先ほどから晴奈の話に上ってくる、人間の少年。
この少年はその年の塞を、最も沸かせていた。焔流家元、焔重蔵の孫だと言うのだが、16歳の男にしては体力も腕力も無く、剣士と言うよりは書生の雰囲気をかもし出している。
名前は桐村良太。いかにも頼りなげなこの弟弟子を、晴奈は当初、あまり良くは評価していなかった。
(不安だな、どうも)
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