2.
詳しい話をするため、晴奈とエルス、そして重蔵の三人は人払いをし、重蔵の部屋に篭った。
「15年以上昔、この紅蓮塞に『三傑』と呼ばれた、才気あふれる剣士たちがおったんじゃ。
一、『剛剣』、楢崎瞬二。
一、『霊剣』、藤川英心。
そして最後の一人が『魔剣』、篠原龍明。
彼ら三人は同年代の剣士たちの中でも非常に抜きん出ており、いずれはこの紅蓮塞を背負って立つ人間になるだろうと評されておった。わしもその三人を非常に気に入っておったし、喧嘩別れさえしておらなんだら、三人のいずれかを晶良――娘の婿にしたいとまで思っておった。
事件が起きたのは確か、双月暦が新世紀を迎えて間もない頃か……。突然、篠原が謀反を起こしたのじゃ。門下生十数名をたぶらかし、『新生焔流』を名乗って、わしの命を狙いに来た。わしも今よりはまだ若かったし、楢崎と藤川の助けもあったから、結果的には撃退することができた。
その後、当然篠原は塞を離れ、以後の行方は杳として知れん。が……」
重蔵はそこで言葉を切り、晴奈を見る。
「晴さん、どこでその名を?」
「数日前、天玄でそう名乗る者と対峙しました。こちらにいるエルスの助けを借り、何とか撃退できたのですが……」
「なるほど、そうか……」
重蔵は一瞬、エルスを見る。
「忌憚無くわしの見当を言えば、晴さん。……エルスさんがいなければ、十中八九、死んでおったな」
「な……」
面食らう晴奈を差し置いて、エルスも遠慮なく重蔵の意見にうなずく。
「まあ、そうでしょうね。単純に1対3の死闘で仕留められない相手を、1対2の状態で退かせられたのは、奇跡に近いと言えますね」
「そう言うことじゃ。それに付け加えるならば、楢崎も藤川も、今の晴さん以上に強かった。その二人にわしの力を加えた、三人の剣豪を跳ね返す篠原の底力にはさしものわしも、恐れ入った。
無論、楢崎も藤川も、かなりの痛手を負った。楢崎は半年近く寝込み、免許皆伝を得る機を一時、逃してしまった。藤川も片腕を潰され、『五体満足を必須とする』と言う免許皆伝の資格を失い、塞を去ってしまったのじゃ。
無傷だったのはわしだけ――弟子を護ることができず、恥ずかしい限りじゃ」
重蔵は腕を組み、それきり黙った。
所変わって、雪乃と良太の部屋。
「可愛いですね、小雪ちゃん」
晴奈たちが話をしている間、明奈は雪乃たちの娘、小雪を見ていた。
「うふふ……」「えへへ……」
子供をほめられ、雪乃と良太は気恥ずかしそうに笑っている。その様子を見ていた明奈は、半ばため息混じりにつぶやく。
「何だかうらやましいです、お二人が」
「ん?」
「幸せそうで……」
良太はきょとんとし、不思議そうに尋ねる。
「明奈さんは、幸せじゃないんですか?」
「……いえ、そう言うわけでは」
言葉を切った明奈の代わりに、雪乃が話す。
「晴奈から聞いた話では、確か黒炎教団に7年、囚われていたのよね?」
「あ、はい」
「何とか戻ってこられた今でも、狙われているとか。幸せって言い切るのは、ちょっとためらってしまうわね」
「……いえ、やっぱり幸せですよ」
明奈は首を振り、静かに応える。
「今はお姉さまが守ってくださいますから。時々、一人でどこかに飛んで行ってしまわれますけれど、本当に危険が迫ったら、きっと来てくださいますもの」
「あー、まあ、確かに姉さん……、晴奈さんは突っ走る人ですねぇ。いつだったか、一人で黒鳥宮へ行こうとしたことがある、と言っていましたし」
「え」
良太の一言に、明奈と雪乃が驚いた声をあげた。
「初耳ね、それ。いつのこと?」
「あ……、しまった。内緒にしてくれ、って言われてたのに」
良太は頭をかきつつ、昔晴奈が黒荘へ行った時のことを話した。
「へぇ、あの時そんなことしてたの……」
雪乃は妙に納得した顔でうなずく。
「まあ、晴奈らしいと言えば、らしいわね。……明奈さん?」
明奈は指折り、晴奈が黒荘に行ったと言う年を数えていた。
「えっと、今が516年で、3年前の出来事ってことは、513年で……、へぇ」
「ん?」
「あのですね、わたし……、一度本当に、危なかった時があるんですよ」
明奈は小雪を撫でながら、その思い出を語る。
「ウィリアム猊下のご子息に、ウィルバーと言う方がいらっしゃるんですが、この方が本当に好色で。教団の尼僧に、良く声をかけておられるんです。
それで、わたしも声をかけられまして、危うく部屋に閉じ込められそうになったんです」
「あのウィル坊やがねぇ……」
「それは、災難でしたね」
雪乃と良太は眉をひそめ、明奈の話を聞いている。
「でも、猊下にそのことがばれて。温厚な猊下も、その時は流石に怒っていらっしゃいました。その後折檻されたりして、ウィルバー様はしばらく手を出さないようになりました。
それで……、その事件が、513年の初めに起こったんですよ」
「……つまり、晴奈姉さんの勘が働いて、あの時助けに行った、と?」
良太はけげんな顔をして、雪乃の顔を見る。雪乃は腕を組み、「うーん」とうなった。
「さあ……、そこまでは何とも言えないけれど」
雪乃は明奈に、にっこりと微笑みかけた。
「もしそうなら、いいお姉さんね。本当に、大事に思っている証拠よ」
「……うーむ」
しばらく黙り込んでいた重蔵が、不意に立ち上がった。
「家元?」
「わし自身体にガタも来ておるし、うまく教えられるか分からん。それにうまく決まればまさに必殺じゃが、成功させるのは極めて難しいし、実戦で使えるか分からん以上、教える価値は無いかも知れん。
半ば失敗作と言ってもいいし、この技は墓まで持っていこうかと思っておったが……」
重蔵は床の間に飾ってあった刀を取り、晴奈に声をかけた。
「晴さん。一つ、わしの編み出した技を教えておこう。
その時運よく決まり、篠原を追い払った技――『炎剣舞』」